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阪神淡路大震災 神戸の記憶

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    JUGEMテーマ:防災

     

    平成7年、大阪の職場から神戸市内の自宅へ帰るのに3時間以上を要した時期がありました。

    芦屋辺りまでは鉄道で行けるのですが、更に西へは代行バスを待ってなんとか灘の辺りまで辿りついて、そこから先は徒歩で三ノ宮を通過します。

    ダメージを受けたJRの高架をくぐって北へ抜けるのにいつも苦労しました。復旧工事の関係で毎日のように通行可能なルートが変わるのです。

     

    三ノ宮の中心部で何度か道に迷いました。懐中電灯で足元を照らしてさまよい歩きながら途方に暮れた時の事、ふと空を見上げるとプラネタリウムのような満天の星空が広がっていました。

    それは普段なら決して見る事のない光景。

    信号機の灯りさえも失った三ノ宮の街は、漆黒の闇の中に重傷患者の如く横たわっていたのです。

    急に身震いを覚えたのは、身を切るような寒さのせいだけではありませんでした。

     

    『人が居なくなって廃墟となった都会の空にだって、きっとこんなロマンチックな星座や感動的な夕焼けが、来る日も来る日も現れるに違いない....』

    押さえ込んでいたはずの不安や恐怖が、その時一気に噴出して来ました。

    『神戸はもうアカンかも知れん!』

     

    それから程なくして、およそ日本全国の他府県ナンバーを付けた復興工事用車両が神戸の街中を走り回るようになり、季節が進むにつれて三ノ宮の街も少しづつ灯りと喧騒を取り戻して行きました。

     

    震災直後に撮影した街の風景は、どれも平時ではあり得ない光景ばかり。

    記録用に撮っておいたものの、見る事もなく仕舞い込んでありました。

     

     

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